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【自己紹介】 根本 和幸
昭和49年北九州市小倉南区生まれ。
●吉田小→吉田中→小倉東高→東亜大学デザイン学部デザイン学科卒
●株式会社 朝日広告社→有限会社 デザインキャン→株式会社 彩
平成15年デザイングレイス設立
●趣味:波乗り、経営者限定の波乗り倶楽部
SMW(Sunday Morning Wave)主催
●【所属団体】福岡県産業デザイン協議会
専門家派遣会員 |
ブランドだらけの人生がロゴデザインで開花した。
私は10歳の時に衝撃的なブランドとの出逢いがありました。そのブランドが「adidas」です。漫画キャプテン翼の影響でサッカーをはじめたのですが、サッカーがしたいと言うよりも、「adidas」のスパイクが履きたい。「adidas」の帽子がかぶりたい。というのが本心です。中学時代に最もはまったのが伝説のロックバンド「BOOWY」。髪型やスタイル生き方までに強い影響を受けていました。高校・大学時代は次第にストリート系に興味をいだくようになり、スケーターやサーファー夜はクラブでDJといったいわゆるアンダーグランドな文化にドップリとはまっていました。このアンダーグランドな世界に影響をうけるきっかけとなったブランドが「STUSSY」というブランドです。今もやっているサーフィンの原形にもなっています。
「adidas」「BOOWY」「STUSSY」のように自分の人生を振り返り、影響を受け行動したきっかけは全てロゴマークから受けた直感的なイメージが大きく影響しています。
社会人となり、印刷会社や広告代理店の下請けグラフィックデザイナーとして10数年が経ち、このまま下請けのデザイナーでいいのかな〜?と疑問を感じていたのですが、ある日パッとその疑問が解消されたのです。とある知り合いの中小企業の社長から『ウチ会社のロゴマークを作ってみろ』とデザインの仕事をくれたのです。そこで、必死に考えたロゴマークを提出すると、その社長が、『おぉ、すごいね!』と褒めてくれた。その時の感動が、私自身の『魂のごちそう』になって、もっと身近な人を喜ばせるものを作るという発想の転換につながりました。
そして今はなぜ自分が「adidas」「BOOWY」「STUSSY」のようなブランドに強い影響を受けたのか?論理的なブランドの強みを解説する事ができるようになりました。つまり直感的と論理的の両方からブランドを組み立てていくことができるようになったのです。
私は30代〜40代の世代を『ブランド世代』と呼んでいます。物が豊かな時代に生まれ育った世代です。自分がどのブランドにするのか?決めなくてならない世代なのです。私は昔からブランドを決める直感力が鋭い人間だったと思います。だから今のロゴマークデザインや会社のブランディングの仕事ができているように思っています。
毎朝6時5分に起床 6月5日はロゴの日 体重65キロ
ロゴを作る人間としての体質作り、こんな所から会社のブランディングを行っていきます。
そして以前の私と同じように下請けから抜けられずに苦しんでいる経営者の方々にブランド戦略で仕事の楽しさを伝えていく事が私の使命だと思っております。
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【自己紹介】 根本 裕子
福岡県福岡市生まれ。
●大名小→舞鶴中→筑陽高校デザイン科卒
●株式会社 PPIC→株式会社 デザインQ→有限会社 デザインサンアイ→フリーデザイナーとして主に食品パッケージ、看板、ショーウィンドーディスプレイ、等を手掛ける
●趣味:大工、書道、子供と図画工作をすること |
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子供の頃からとにかく物を作るのが大好き!高校を卒業してすぐウインドーディスプレイの仕事をさせて頂きましたが、サムネイルの段階で「無理やろう」と上司が言ったものをうまく仕上げることに情熱を燃やし、「力技〜」とよく誉められて?!いました。
丁度バブル期だったこともあり、色々な経験をさせて頂く事が出来、その中でその当時一番自分に合うと思ったのがパッケージデザインでした。
当時はまだMacも無い時代でしたから絵の具をマゼマゼ・・・楽しかったです。だんだん時代の流れはパソコン作業に変わりましたが、パッケージだけは筆を持つ事が多く、カッターやハサミで切った張ったの世界(^^)それでも3Dデザイン等の波が押し寄せ不景気の波が押し寄せ、ほとんどのデザイン(広告)がパソコン文字に変わってしまった今、
一番重要となるのが会社、お店のロゴマークではないかと考えはじめました!
社長や店主のイメージを形にする。今はこのことに集中しています。
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